「千葉ジェッツストレングストレーナー」多田 我樹丸

僕を形成し、育ててもらったバスケットに、そして沖縄に恩返しがしたい
沖縄出身だろうと、情報弱者であろうと、やろうと思えばどこでもできる。
人生で一番価値があるのは”生”の経験。

Interview

千葉ジェッツふなばしに所属し、ストレングストレーナーとして選手のパフォーマンス向上、傷害予防を目的とした筋力トレーニングのプログラム、および指導のほかサポート全般を行う多田我樹丸さん。一人ひとりの選手と向き合い最大のパフォーマンスを引き出すことに尽力する一方で、自分を育ててくれたバスケットと沖縄への恩返しの気持ちは誰よりも強い。トレーナーという職業で得たスキルと人脈を生かし、沖縄をさらに良くしたいと願う多田さんの過去と現在、そして未来への熱い想いに迫った。

好きなことに携わる仕事をしたい

― バスケットボールとの出会い
バスケは4歳上の兄の影響で、小学5年生から始めました。小中高とバスケ部に所属し、主にフォワードでプレーをしていました。当時はbjリーグ(日本プロバスケットボールリーグ)が始まったばかり。同級生には高校から県外に出て全国大会で活躍する選手もいたので、そのレベルの違いから考えても、自分が通用するほど甘い世界ではないと自覚していました。だから、バスケでプロになって食べていくなんてイメージは、全く湧かなかったのです。じゃあ、スポーツが好きで、僕を形成し、たくさんの学びを得、育ててもらったバスケに、そして沖縄に恩返しをするならどんな職業があるのか? そう考えたときに辿り着いたのが、スポーツトレーナーの仕事でした。

スポーツトレーナーを目指し進学

― 沖縄県人ゆえの悩み
沖縄は情報が入って来るのが遅ければ、情報量そのものが少ない、情報に乏しい島国です。高校生の僕には県外に出るなど想像もできなかったので、スポーツトレーナーになると決意しても、県内にある数少ない学校に入るしか選択の余地はないと思い込んでいました。そんな時、サッカー部の友人に「将来、スポーツ選手をサポートするトレーナーになりたいんだ」と話したら、彼が通い、信頼する整体院キャトル・エーの赤坂守先生が、トレーナーを養成する専門学校の運営を始めたと教えてくれたのです。

― 恩師との出会い
調べてみると、沖縄メディカル・スポーツ学院(現在閉校)の理事長だった赤坂先生は、安室奈美恵さんや和田アキ子さんといった大物歌手はじめ、井口資仁さんやサブローさんといったプロ野球選手の治療にあたっている凄腕の整体師でした。直感的に「この先生の元であれば自分が求めるスキルが得られ、進むべき道につながる」と思い入学試験を受けました。学費も安くはなかったので、銀行から教育ローンを借りたり、高校の先生から、働いてから返せばいい奨学金を教えてもらったりして、親に金銭的な負担をかけず進学できました。

実践で磨かれた極上スキル

― 無休で学び、施術し続けた学生時代
学校は、とにかく厳しかったです。毎日、座学をしてテストを受け、その点数が悪ければ追試。学校が終わったら先生の治療院で研修をし、週末は高校の部活動に派遣されて、それが終わったらまた治療院で研修。休む間もなく学び、施術をする……ひたすらその繰り返しでした。お陰で、その経験がすぐに実を結ぶ日が来たのです。

トレーナーとして一番大切にしているのは、選手とのコミュニケーション

― 千葉ロッテマリーンズの
コンディショニングコーディネーターに就任
2009年の秋に、赤坂先生が千葉ロッテマリーンズ(ロッテ)のフィジカルコーチを務めることが決まりました。その際、1軍トレーナーを務める先生の補助と、2軍トレーナーにも募集がかかり、僕と同期の1人が推薦を受けました。お試し期間として、さっそく秋のキャンプに合流させてもらったのですが、野球をやったこともなければ、19歳の何の実績もない沖縄訛りの男に、すぐに心を許して体を触らせてくれる選手などいませんでした。それでも少しずつコミュニケーションを図り、何とか無事キャンプをやり遂げて、正式に2軍のコンディショニングコーディネーターに採用されました。

― 選手とのコミュニケーションの取り方
僕たちの仕事は、選手との距離が近づかないと成り立ちません。心の距離が近づけば、選手も体を預けてくれるようになる。しっかり預けてくれれば、体を良くできる自信はあります。なので、どうやって選手とコミュニケーションを取るかは、この仕事をしている以上、永遠の課題です。僕がずっと心がけているのは、なるべく一対一で話すこと。相手に関心を持ち、自分に興味を持ってもらうなど、面と向かって話す時間を多く作るよう意識しています。そうした姿勢は、当時から変わっていません。

沖縄でトレーナーの価値を高めるための実績作り

― 22歳。沖縄に戻り独立
先に沖縄に戻っていた先生から「学校を手伝ってほしい」と呼ばれ、22歳のときに球団を離れることになりました。沖縄に戻ってみると、3年間のロッテでの経験が人づてに広まっており、野球はもちろん、それ以外のスポーツからも「トレーナーになってほしい」と声がかかるように。学校と両立させる方法を模索しましたが、どちらも中途半端になる気がしたため、お世話になった先生の元を卒業し、独立を決めました。

― 沖縄でトレーナーの価値を高めたい
当時の沖縄のバスケットボール界では、トレーナーが無料で派遣されている状況でした。それを知り「沖縄でもトレーナーに価値を見出してもらわなければ発展はない」と強く感じた僕は、依頼を受けるたびにトレーナーの必要性や価値を説き、お金で雇ってもらえるよう掛け合いました。そうした中、当時トレーナーを務めていた母校の那覇高校女子バスケットボール部が、県大会で4連覇を達成。全国大会にも出場したことを機に、風向きが変わり始めたのです。

依頼が殺到し、起業を決意。パーソナルトレーナーとして全国で活動

― トレーナーの派遣会社を設立
実績ができたことで、県内の中学、高校に留まらず、遠征先や大きな大会に出るたびに、全国各地の強豪校から声がかかるようになりました。また、学生スポーツ以外にも、マンツーマンでエクササイズやトレーニングの指導、栄養指導などを行うパーソナルトレーナーとしての仕事も増えていたため、とても一人では回せなくなり、トレーナーの派遣会社を設立。社員2名とアルバイトを抱えスタートしました。

― 専属パーソナルトレーナーとして
並里成選手と1年間の共同生活
努力の甲斐あり、沖縄でもトレーニングを受講するにはお金が発生するという仕組み作りができました。僕はというと、全国に出張に出る機会が増え、月に数日しか沖縄に帰れないという暮らしを送っていました。そんな折、琉球ゴールデンキングスの並里成選手の専属パーソナルトレーナーの依頼を受け、1年間、並里選手と大阪で共同生活を開始。栄養管理やトレーニング全般を請け負い、全力でサポートに努めました。

― 念願のL.A.へ!? ビッグチャンス到来
その後は福岡県に移住し、トップモデルのパーソナルトレーナーに従事するなど、スポーツ選手以外にも幅を広げ活動していました。そうしたご縁から、L.A.に滞在できる仕事が舞い込んできたのです。実は僕には、英語を身に付け、本場バスケットボールチームのトレーナーになるという夢もあったため、このL.A.行きは、願ってもない絶好のチャンス。契約を結ぶため、福岡から東京に前乗りした僕のもとに、思いもよらぬ連絡が入りました。

千葉ジェッツふなばしからオファー

― 運命を変えた、一本の電話
それはB.LEAGUE(日本の男子プロバスケットボールリーグ)の開幕年度である、2016年のこと。電話の主は、千葉ジェッツふなばしの会長(前社長)の島田慎二さんで、「興味があるのでぜひお話を聞きたい」とおっしゃっていただきました。ちょうど東京にいた僕は、翌日の契約前の午前中に約束を取り付けて面談をしました。そこで会長のビジョンや熱意をお聞きし、それが僕のやりたいことにマッチしていたため「これはやるしかない!」と考えるより先に心が動きました。L.A.行きを誘ってくれた方や周囲の方々には多大なご迷惑をおかけしましたが、寸前のタイミングで、僕は千葉ジェッツふなばしへストレングストレーナーとして入団することになったのです。

ストレングストレーナーの仕事

― 千葉ジェッツふなばしでの役割
ロッテ時代は、怪我をした選手の治療的な施術がメインでした。しかし、千葉ジェッツふなばしでは、アスレティックトレーナー(選手が受傷したときの応急処置や傷害の評価、復帰までの手順を考えるスタッフ)が別にいるので、僕はストレングストレーナーとして、選手のパフォーマンスの向上、傷害予防を目的とした筋力トレーニングのプログラムおよび指導を行っています。

一人ひとりの選手の心と体と向き合う時間を大切に

― パーソナルトレーニングの重要性
今年で4年目を迎えますが、パーソナルトレーニングの重要性はさらに増しています。例えば、うちに所属する167㎝の富樫勇樹選手と2mを超える外国人選手が同じトレーニングをしても、2人が同じ効果を発揮することはありません。それぞれ目的も違えば、なりたいゾーン(理想的な心理状態)も異なります。だから選手一人ひとりの目的を明確にして、僕と選手、僕とヘッドコーチで連携を取りながらプログラムを組み立てています。

― ストレングストレーナーのやりがい
実は今日も、午後のチーム練習に間に合うように、午前7時から各選手と45分ずつのパーソナルトレーニングを行ってきました。一人ひとりの選手の心と体に向き合う時間を持つことで着実に成果につながっていますし、その点で評価をいただけていると思っています。やっぱり嬉しいのは、選手から「トレーニングしてから怪我が出なくなった」、「パフォーマンスが上がった」という言葉をもらえ、実際にプレーで魅せられることです。

人脈を活かした新たなチャレンジ

― 誰かと誰かを結ぶパイプ役に
プロ野球選手がオフの間に球団の枠を飛び越えて行う合同自主トレのようなものが、これまでバスケ界にはありませんでした。僕自身、3年前にロッテの伊志嶺翔大選手と合同自主トレを行ったのですが、その際、お互い周囲に呼びかけ、プロ野球選手以外のスポーツ選手も集まってくれました。年齢、競技に関わらず、大変、有意義なキャンプになりました。そんな風に、僕を通じて多くの方が繋がる……県内だろうと、県外だろうと、僕が信頼し、僕を信頼してくださる方が、次から次へと繋がっていくのが最高に嬉しくて。誰かと誰かを繋ぐパイプ役こそ、僕がずっとやりたかったことだと改めて気づかされました。しかも、大好きなバスケットで、それを沖縄に持っていけたらどんなに素晴らしいか。そんな長年の構想が、遂に実現したのです。

― 念願の“ガジュマルキャンプ”開催
2019年の夏、オフを利用してバスケ界初の合同自主トレ“ガジュマルキャンプ”を、沖縄で10日間実施しました。地元の子どもたちに練習風景を公開したり、中高生を対象に練習会を開催したり、 子どもたちに“本物”に触れてもらう機会を作りました。また、せっかく沖縄に来てもらった選手にも、沖縄らしい観光プログラムを組んだり、マリンアクティビティの時間を設けたりもしました。このガジュマルキャンプでは、沖縄と他県を結び、個々のインプットとアウトプットができるという最大の利点があります。準備は大変でしたが、僕が理想とするキャンプを遂に実現できました。

夢は“ガジュマルビレッジ”を作ること

― 現在の目標と将来の夢
今はチームをリーグ優勝に導くことが第一ですが、いつか沖縄に体育館を作り、日本全国、世界各国からいつでも来られる、オリンピックの選手村のような“ガジュマルビレッジ”を建設するのが僕の夢です。ホテルや飲食店を作り経済の活性化を図るのはもちろん、沖縄の子どもたちが夢を持ち、成長できる場を作りたいです。沖縄出身だろうと、情報弱者であろうと、やろうと思えばどこでもできる! そんな背中を見せられる人になりたいし、微力ながらも積み重ねていくことで、沖縄のためにできることがあると僕は信じています。

― 沖縄の高校生へのメッセージ
人生で一番価値があるのは“生”の経験です。進路を考えるにあたり、何をしたいか、どんな職業に就きたいかといったことに悩むかもしれませんが、答えが見つからないなら、まずは動いてみること。実際にやってみて、経験してみることに大きな価値があります。沖縄を出てみると、改めて沖縄の良さを知れます。僕自身、外を知ったことで、もっと沖縄を良くしたいという気持ちが芽生えました。一度きりの人生です。ぜひ一度は島を飛び出して、沖縄を出たからこそ感じられる楽しいこと、面白いこと、嫌なこともふくめて体感してみて欲しいです。

夢実現インタビュー 多田我樹丸(千葉ジェッツ・ストレングス トレーナー)

Profile

多田 我樹丸/千葉ジェッツ ストレングストレーナー
1989年那覇市生まれ、那覇高校卒業後、沖縄メディカル・スポーツ学院(現在閉校)に入学。整体の技術およびトレーニングの知識を学び、千葉ロッテマリーンズのコンディショニングコーディネーターとして3年携わる。沖縄に戻り、中高生の部活動のトレーナーやスポーツ選手などのパーソナルトレーナーを務め、トレーナーの派遣会社を設立。その実績と評判は瞬く間に広がり、2016年、全国で活動する多田さんに千葉ジェッツふなばしから声がかかり現在に至る。

information

日本の男子プロバスケットボールリーグ・BリーグのB1東地区に所属するプロバスケットボールクラブ。Bリーグ開幕後は、天皇杯3連覇や2年連続の地区優勝、リーグ準優勝を達成。チーム名の由来でもあるジェット機のように、やがては本拠地の千葉県から世界の舞台へ羽ばたけるクラブを目指して日々活動している。
▼公式サイト
https://chibajets.jp
▼公式facebook
https://www.facebook.com/chibajets/
▼公式TWITTER
@CHIBAJETS
▼公式Instagram
https://www.instagram.com/chibajets_official/

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