プロボクサー 池本夢実

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アジアチャンピオンの次の夢は世界王者!
警察官とプロボクサーのどちらにも全⼒で取り組む

Interview

教師をめざして来沖し、学⽣時代にプロボクサーデビュー。今は警察官として地域の⾒守りをしながら、
ボクシングの練習に励む⽇々。今年の夏、WBOアジアパシフィック⼥⼦ライトフライ級の王者決定戦で勝利し、
アジアチャンピオンとなった。警察官とプロボクサーを両⽴し、世界を⽬指す池本さんに話をお聞きした。

静岡から沖縄に来たきっかけは?

静岡県の川根本町で⽣まれ育った池本さん。とても⾃然豊かな環境だといえば聞こえがいいが、そこは僻地(へきち)と呼ばれる⼭の中だった。⼩中学校は⾃宅の近くにあったが、⾼校は遠⽅の学校へと進学し、電⾞を乗り継ぎ、⽚道2時間かけて通学するという⽇々を送っていた。そのような環境で学⽣時代を過ごした池本さんは、⾼校を卒業したあとの進路として就職も考えていたという。しかし、僻地にしかない教育に関⼼を持ち、親や先⽣の勧めもあって、離島や僻地教育に特化している琉球⼤学への進学を決めた。当時はセンター試験の結果で受験できる⼤学が決まり、「不安もあったが決めたことはやり遂げる」という強い意思を持ち、希望していた琉球⼤学教育学部への合格を⼿にした。

プロボクサーになることを決めたのは?

池本さんには2歳年上の兄がいる。兄が空⼿をやっていた影響で、池本さんも5歳から空⼿を習い始め、⾼校までずっと続けていた。親の応援も⼿厚く、⺟親もいっしょに道場に通い、⿊帯をとったという。⾼校⽣の時にオリンピックのボクシング競技を⾒て、リングの上で輝く選⼿たちに憧れを持った池本さん。琉球⼤学に⼊学後、ボクシングを始めようと近くのボクシングジムを探した。いくつかのジムをまわって、当時、宜野湾市愛知にあった「琉球ボクシングジム」への⼊会を決めた。⼊会の決め⼿は会⻑の⼈柄だったそうだ。「練習すればボクシングでチャンピオンになれるかもしれないが『⼈間チャンピオン』になれる⼈は少ない」という会⻑の⾔葉に、感銘を受けた池本さん。「やるからにはてっぺんをめざす」と考え、⼊会するときにはプロボクサーになることを決めていた。⼤学2年⽣の時にプロボクサーとなった池本さんはその意思を貫き、初代⽇本⼥⼦フライ級チャンピオンとなった。そして2024年7⽉に⾏われた「WBOアジアパシフィック⼥⼦ライトフライ級王座決定戦」では、TKO勝ちで⾒事アジアチャンピオンとなった。今後は、ボクシングの最終⽬標とする世界チャンピオンになるため、試合で勝利を積み上げ、世界ランキングを上げていくことに取り組んでいく。

教師から警察官への転機

プロボクサーとして活動しつつ、⼤学では教育学部を専攻し、教師になるための勉強をしていた池本さん。⼤学3年⽣のときに⾏った教育実習や、サポーターとして関わった学校で⽬にしたのは、沖縄の⼦どもたちの教育格差だった。「学びたいけれど家庭環境が複雑だったり、貧困や⾮⾏で学ぶ環境ができていない⼦ども達に出会った。教育を受ける環境をもっと整えるべきではないかと思った。沖縄を良くしたい。⼦ども達の未来を⽀えたい!」そう考えた池本さんは、中⾼の教員免許を取得したにもかかわらず、教師の道を離れて沖縄県警の試験を受けることにした。そのことは両親には内緒にしていて、警察の試験に受かってから事後報告をした池本さん。両親からは「警察は危険なこともある。教師になるために⼤学に⾏ったのに」と反対する声もあったそうだが、決めたことは必ず貫く池本さんの性格を知っているご両親は、最後には池本さんの気持ちを尊重してくれたという。

警察官の仕事

現在は那覇署で勤務している池本さん。⼦どものサポートに関わる少年課の勤務を希望していたそうだが、採⽤になってすぐは、いわゆる「お巡りさん」として、交番勤務や⾃動⾞警ら隊(通称:じらたい)と呼ばれる部署に配属となり、パトカーに乗り地域の安全を⾒守るためのパトロールなどを⾏っている。勤務時間的には24時間体制となり、朝の9時ごろ出勤したあと翌⽇の10時ごろまで勤務し、次の当番に引き継ぎをして報告書を提出してから帰宅する。勤務の翌⽇は1⽇休み、また次の⽇に24時間勤務が繰り返されるのだが、⼤きな事件や事故などがあれば⾮番の⽇でも出勤することがあると聞き、想像以上に過酷だと感じた。しかし、その過酷な勤務を終えた後、池本さんは休むことなくジムへと向かい、トレーニングを⾏う。警察官として地域のパトロールをしているとき、深夜徘徊をする⼦に声をかけ、同じ⼦を何回も補導することもあった。「家で安⼼して過ごせない⼦がいる。最近、⼦どもの居場所が増えてきたが、そのような居場所にも⾏かず、⾮⾏の⼦たちでつるむコミュニティがある。⼦どもだけが悪いわけではない、環境が整えば安⼼して学ぶことができるはず」その思いを胸に、今⽇も池本さんは地域の⼦ども達を⾒守っている。

所属する琉球ボクシングジムのこと

池本さんが琉球ボクシングジムに⼊会して以来、10年の付き合いとなるチーフトレーナーの仲井眞重春さんは、ジムの仲井眞会⻑の息⼦さんだ。琉球ボクシングジムは設⽴から45周年を迎え、現会⻑の年齢的・体⼒的なこともあり、世代交代の時期だという。⼩学⽣から⼤⼈まで所属している琉球ボクシングジムは「トレーニングはいつきても、いつまでもやっていいんです。会費も銀⾏引き落としではなく、払えるときにいつでも⽀払って⼤丈夫」と所属メンバーをアットホームに迎え、いつでも好きなだけ練習できる環境にある。余談だが、ボクシングで有名な具志堅⽤⾼さんと仲井眞会⻑の⾃宅は近く、昔から交流があったそうだ。琉球ボクシングジムには、県外のボクサーやほかのジムに通っているかたも、会⻑の教えを乞うためジムを訪れることがあるという。池本さんのライバルとなる⼈にも教えるのか? 気になって聞いたところ、「会⻑はボクシングをがんばる⼈は好きだから、誰にでも平等に教える」そうだ。練習場のあちらこちらには、ジムの仲井眞会⻑が書いた名⾔が貼られていて、強さだけではなく挨拶や感謝の気持ちを持ち、まさしく仁義礼を⼤切にした「⼈間チャンピオン」を育んでいる場だと感じた。

両⽴する上で⼤変だと思うことは?

警察官の仕事とプロボクサー、どちらかひとつでも⼤変だと思ってしまうが、池本さんはそれを両⽴して6年⽬となる。警察官として24時間勤務をしたあとでも、池本さんはジムに向かう。琉球ボクシングジムの仲井眞元⼦さんは「勤務のあとは休んだらいいのに」と池本さんの体調を気にして声をかけることもあるそうだが、池本さんは「プロボクサーのなかには、ストイックに専任でボクシングだけをやっている⼈もいる。世界をめざすためには休んでいられない」と⼒強く答えた。トレーニングにコツコツと取り組む池本さんでも、試合前の減量は厳しいと感じるそうだ。現状でも引き締まった体なので、これ以上、減量するなんて……と思ってしまうが、1階級違うと体格の⼤きな選⼿と対戦することになるため、試合前の減量は⽋かせない。試合が決まると、約1ヶ⽉前から5キロ減をめざしてトレーニングを⾏う池本さん。その期間はさすがに通常の24時間勤務は難しく、職場の協⼒を得て⽇勤だけにしてもらうこともあるそうだ。警察官とプロボクサーの両⽴という難しいことをやり遂げる池本さんのことを、きっとボクシングの神様は⾒ていることだろう。

⺟親の⽀えに感謝

警察官になってしばらくは、バタバタしながらもひとりで警察官の仕事とプロボクサーの練習を⾏っていた池本さん。昨年、⺟親が退職をしたのをきっかけに、静岡から沖縄へとやってきた。警察官とプロボクサーの両⽴をがんばっている娘をサポートするため、夫を静岡に残しての単⾝での来沖。それをお聞きして、池本さんの家族の信頼関係や応援⼒はとても⼤きいと感じた。池本さんの⺟親は、⾃分の⼦どもたちが空⼿を習っていたときもいっしょに空⼿教室に通い、⿊帯まで取った。池本さんがプロボクサーになったときは、⾔葉だけ「がんばれ」とは⾔わず、⾃ら進んでボクシングのルールを学び、会⻑の許可も得て正式にセコンドの資格を取得した。⽣活⾯でもリング上でも、娘に付き添い全⼒で応援をする「⺟の愛」は⾔葉で⾔い表せないほど、⼤きなものだと感じた。池本さんは⺟親に家事のサポートとボクシングのサポートを受け、より集中して練習に取り組むことができている。これからも⺟娘で⼒を合わせて、⼆⼈三脚で試合に臨んでいく。

ファイトマネーは全額寄付

プロボクサーとアマチュアボクサーの違いはいろいろあるが、勝者にはファイトマネーがあるのもプロボクサーの⼤きな特徴だろう。⼥⼦プロボクシングは、男⼦のボクシング⼤会に⽐べて、ファイトマネーが少ないそうだが、池本さんはこれまで試合に勝って⼿にしたファイトマネーを、⼦ども⾷堂を運営する団体や、交通遺児の⽀援団体などに全額寄付してきた。家庭環境や学ぶ環境が整っていなくて、学校に当たり前に⾏けない⼦どもたちのために、警察官としてもプロボクサーとしても⾃分にできることをする。難しいことを有⾔実⾏する池本さんの姿は、⽀援を受けた⼦どもたちへの⼒となっていることだろう。

今後の⽬標

⽇本チャンピオンに続き、アジアチャンピオンとなった池本さんが、プロボクサーとして次に⽬指しているのは、「世界チャンピオン」だ。そのためには⽇々のトレーニングは⽋かせない。激務の警察官の仕事を終えたあとでもジムに通い、筋トレを中⼼とした練習を2時間ほど⾏う。ジムでトレーニングするほかにも、⾃分でロードワークなどを⾏っている。「今回アジアチャンピオンになったことで、世界ランキングには⼊った。格上の⼈と試合をして勝つとランクが上がっていく。世界ランキングで10位以内に⼊ると、世界チャンピオンに挑戦することができる」現在の世界チャンピオンは海外の選⼿なので、試合をするためは海外遠征をすることになる。そのとき、警察官の仕事はどうするのかお聞きしたところ「仕事は有給を使わせてもらって出場する」という。池本さんは家族だけでなく、職場の理解と協⼒も得て、めざす世界王者の夢に向かって歩み続けている。

⾼校⽣に向けてのメッセージ

今は自分の決めた道を突き進んでいる池本さんだが、高校生のころは進路に関して悩んだし、迷ったこともたくさんあったという。池本さんは高校卒業後に就職することも考えていたが、両親に言われた「行ける可能性があるなら、知見を広げてみては?」との言葉が、沖縄の大学で学ぶ後押しとなったそうだ。琉球大学への進学を決めてからも、「ずっと過ごしてきた地元を飛び出すのは怖いと思ったし、センター試験の結果を見て、希望する大学に落ちたらどうしようと不安もあった」という。そのときの池本さんと同じように、進路に悩んでいる読者に向けてメッセージをいただいた。「なにか新しいことに挑戦するときは、怖いと思う。だけどやらないと後悔する。どんな結果であろうとも、挑戦したことで成長するものがきっとある。やりたいことは変わってもいい。怖がらずにやりたいことがあれば、とことん挑戦してほしい。」池本さんの名前は「夢は実る」と書いて「夢実」。ご両親につけてもらったステキな名前のとおり、夢を現実にしてきた池本さん。世界チャンピオンの夢が実る日が来るのを私たちも応援している。

池本さんが⼿にしたチャンピオンベルト。⽩いベルトは⽇本チャンピオンで、ピンクのベルトはアジアチャンピオンのものだ。試合に勝利した時に腰に巻くベルトは⼤会の貸し出し⽤で、⼿元にあるベルトは買取となることを教えていただいた。ベルトの重みに池本さんのこれまで積み上げてきたがんばりを感じる。

Profile

池本夢実 Yumemi Ikemoto
琉球ボクシングジム所属
女子ライトフライ級アジアチャンピオン

1996年⽣まれ。静岡県出⾝。琉球⼤学教育学部へ進学するため静岡から沖縄へ。学⽣時代にプロボクサーとなった。教師をめざしていたが、教育実習の際に「学⼒向上より先に、安⼼して学ぶ環境を整える必要がある」と気づき、⼤学卒業後は沖縄県警の警察官として、⼦どもたちや地域の⾒守りを⾏っている。

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