「アーティスト」きいやま商店

全員が30代後半にして新人。しかもライブイベントの他にテレビCMや街中に貼られている防犯ポスターとコンビニエンスストアのポスターで彼らの顔を見ない日はないというほど、人気急上昇中のきいやま商店。ニューアルバムも発売され、ライブにイベントにと忙しい日々を送るメンバーへの直撃インタビューを行い、ますます勢いづく彼ら3人の人気の秘密を探った。

Interview

「なんだかゴキゲンな3人組が登場したぞ」と思っていたら、あれよあれよと言う間に沖縄のヒットチューンに躍り出たきいやま商店。彼らは自分たちを一応「新人」とは言っているが、実はバンド歴はそれぞれ20年以上という大ベテランで、各自別のバンドでも活動を続けているミュージシャンたちである。3人で活動することになった経緯について、思い描く壮大な夢について話を聞いた。

空前のバンドブーム到来で石垣島も音楽の島に

まずは彼らの関係から説明すると、石垣島在住の崎枝家の長男の息子がリョーサとマスト、次男の息子がだいちゃんという、兄弟・従兄弟のユニットで、ちなみにリョーサとだいちゃんが同級生である。子どもの頃はばぁちゃん家(きいやま商店)に集まって、ファミコン等で遊んだりと、一緒に過ごすことが多かった。子どもの頃から3人とも音楽は好きで、よく聞いていたということであるが、中学校に進学した頃に、いわゆる第二次バンドブーム(1980年代後半〜90年代前半)が到来する。このブーム、とくにロックバンドが主流で、THE BLUE HEARTS、ユニコーン、JUN SKY WALKER(S)、THE BOOMなどはこの時代を代表する人気バンドであった。また聞くだけではなく、TBSの深夜番組『平成名物TV』内の一コーナー『三宅裕司のいかすバンド天国』(通称『イカ天』。放送期間:1989年2月〜1990年12月)が火付け役となって、アマチュアバンドやインディーズバンドも注目され始めた。ちなみに石垣島出身の先輩バンドBEGIN(ビギン)もこのイカ天出身である。この当時、石垣島にはライブハウスがなく、バンドの生演奏を見る機会と言えば地元のお祭りや学園祭などであったが、先輩たちが演奏するする姿を見て「格好いい」と思い、3人もバンド活動を開始。学校の全校生徒350人中20バンドくらいはあったということなので、4人にひとりはバンドをやっていたことになる。「演奏を発表する機会は文化祭の後夜祭くらいしかなくて、みんなこれに出るために練習するんですけど、出られるのは3バンド。オーディションも激戦でしたね。当時から音楽のレベルは高かったし、今でも上手な人はたくさんいますよ」とだいちゃん。そして、まわりはコピーバンドが主流であったが、リョーサとだいちゃんのバンドではその頃からオリジナルの楽曲にも取り組んでいたそうである。

この日は「国頭村まつり」でのステージを披露。実はこのイベント、きいやま商店が沖縄合宿を始めた2年前にも出演している、彼らの原点とも言えるライブなんだとか。「お客さんの盛り上がり方を見て、感動しました。2年前と全然違う。2年間の頑張りが認められたんだと思います」と担当のマネージャー

それぞれのバンドで、それぞれの20年

中学生の頃から音楽を始め、20年以上のキャリアを誇る3人であるが、当時はまだ音楽に対する思いは3人それぞれであった。リョーサは高校卒業後、九州の大学に進学し、「高校の理科の教員を目指していた」という。ところが学生時代にもバンドをやっていたため、「やっぱり音楽がやりたい」という思いが再燃。大学卒業後も九州に留まってアルバイトをしながら、音楽活動を続けていた。「苦しい時期もたくさんありました。月8万のバイト代で音楽やってるとお金はなかったですね。毎日小銭を貯めて、少し貯まったら駄菓子を買って食べる、とか。でも音楽だけは止めたいと思わなかった」と話してくれた。一方で、だいちゃんはずっと音楽1本でいきたいと思っていたため、高校を1年で中退し、単身東京へ。「東京にとにかく憧れがあって、東京の音楽を肌で感じたかった」と石垣島を飛び出した。「東京に行ってみて改めて感じたのは、石垣の音楽のレベルの高さですね。テクニックは石垣の方が上だと思いました。でも向こうは、ジャンルが確立していて、完成されたオリジナルの音楽があった。石垣ではカバーが多かったので、そこは刺激をうけましたね。」そこから19年間、東京で音楽活動を続け、1度はメジャーデビューまでいくも、生活は決して楽ではなかったそうである。そしてマストも音楽の道を志し、高校卒業後に東京へ。1991年に石垣島出身の同級生とノーズウォーターズを結成し、1998年にはアルバムをリリース、全国ツアーを積極的に行ってきた。「きいやま商店をやる前も好きな音楽はできていたし、紅白歌合戦出場は無理だけど、このまま好きな音楽を続けられればいいと思っていた」と話してくれた。

きいやま商店誕生で遊びのつもりが大当たり

そんな中、長男の長男であるリョーサが、そろそろ石垣島に戻って仏壇を守らなくてはならないということになり、最後に3人で何かできないかと相談を持ちかける。「僕は九州にいて、だいちゃんとマストは東京にいたので、僕が東京に行くから最後に3人で何かやろうって話したんです。それまでもずっと僕らの3バンドで何かやりたいと思っていた。でもなかなかそういう機会もなくて、最後だから記念に何かやりたいな、って。(リョーサ)」その思いを聞いて、3人は東京に集結し、沖縄居酒屋で最初で最後の(つもりだった)ミニライブを開催。これがきいやま商店の誕生である。「この時は40人くらいのお客さんで、本当にこぢんまりとしたライブだったんですけど、これが石垣島で話題になって、石垣島でもやって欲しいと言ってもらったんです。そしたら、今度はこれが大庭学園のCM曲に決まって、『は〜〜!?まじか!?』みたいな」と当時を振り返るリョーサ。急遽きいやま商店のCDを作ることになり、始めは1曲だけ録音するつもりが、「もったいないから」と6曲入りのアルバムを作ったらこれがまさかの大当たり。「遊びのつもりで始めたのに、あれよあれというまにここまできた感じです」とだいちゃんも笑う。グループ名についても当時はこの活動がこんなに続くとも思っていなかったので、「ばぁちゃんの店(きいやま商店)でいいんじゃない?」と弾みでつけた名前が、結果的には「親しみやすい」と人気がでる要因のひとつとなった。「本当に何が当たるか分からないものですね。ただ、ひとつ言えるのはつらい時もあったけど音楽をやめなくて良かったということ。続けていたからチャンスが巡ってきた。このチャンスをどう活かすかが大事だと思います。あとは島の空気感。僕らは子どものころからずっと一緒にいて、同じものを見てきたから出せる雰囲気もあると思う。ゆる〜く頑張ってます。でもライブは熱いですよ!」そう話す3人の顔は充実感で満ちていた。

きいやま商店にかけた紅白歌合戦出場への思い

リョーサに続いて、4年前にはだいちゃんが石垣島に戻ることとなる。そのころには石垣でのきいやま商店の知名度も高くなり、どこに行ってもライブは大盛況だった。「自分のバンドとお客さんの盛り上がり方が違うなと思ったんですよね」と話すのはマスト。「自分のバンドでももちろん満足はしていましたが、紅白歌合戦なんかは考えられなかった。でも、きいやま商店ならもしかしたら本当に行けるかもしれない、最後のチャンスかもしれないって思ったんです」と、自分のバンド活動を休んできいやま商店にかけてみたいとメンバーに相談した。マストの熱い思いを受けて、リョーサとだいちゃんもそれぞれのバンドメンバーに相談し、了解を得たあと、いよいよ本格的にきいやま商店を始動することになる。そしてマストも島に戻ることになり、沖縄での活動に本格的に力を入れようと考え、沖縄合宿と名付けた本島での共同生活を3人でスタートさせた。はじめは3ヶ月くらいの予定で、「とりあえず3ヶ月頑張ろう」と期限を決めて本気で取り組んだのが功を奏し、どんどん仕事も増え、結果的には本島での合宿も2年を超えた。現在は石垣島にも家があり、全国を回りながら、石垣島と本島を行ったり来たりする生活を送っている。「この合宿が良かったと思いますね。本気になれた。島の家族もみんな応援してくれています」とマスト。そして、音楽の内容についても、これまでのそれぞれの音楽活動がうまく相乗効果を引き起こし、厚みのあるサウンドを作り出している。「各自のバンドで作った曲を持ち寄ってアレンジしたりもしています。今までの音楽活動があったから、今のきいやま商店があると思う。東京と石垣でバラバラだった時から、がっつり練習するというわけではないんですけど、3人揃うとバッチリ音が合う。それぞれのキャリアがあったからこそだと思います。(だいちゃん)」

夢は世界で愛される歌を目指せ!しまくとぅばの輪

インターネット上では、「BEGIN、夏川りみに続く石垣島出身の大物アーティスト」と評価されているきいやま商店。「本当ですか?本当だったらこんなにうれしいことはない。BEGINさんも、夏川りみさんも尊敬する大先輩。BEGINさんに憧れて音楽やり始めたし、イカ天のスーパースターで、石垣からでもプロ目指せるんだなって。僕たちにとっては神様みたいなグループです」とだいちゃん。ニューアルバムで『ダックァーセ!』は、そんな憧れの先輩とも共演し、夢にまた1歩近づいた。この勢いを見ていると、きいやま商店の目標であり、公言にもある「紅白歌合戦出場」も決して夢ではないように感じる。「紅白に出られたら、みんなから本当に認められたかなって気がしますね。(だいちゃん)」「じいちゃん、ばあちゃんにも分かりやすいですよね、僕らの活動が。じいちゃんばあちゃんが元気なうちに絶対実現させたいですね。(マスト)」と、それぞれの思いは熱く、これまで長年音楽をやってきたからこその、思いつきではない、決意の固さを感じさせた。きいやま商店もうひとつの夢は「世界で歌われる歌を作りたい」ということ。「スキヤキ(坂本九の『上を向いて歩こう』)みたいな、どこの国でもみんなが知ってる歌を歌いたいです。島唄(THE BOOM)もそうですよね」とマスト。「石垣島の言葉が世界に広まったら凄いと思います」とだいちゃんも言葉を弾ませる。どんなミュージシャンに歌ってほしいか訪ねると、マストから「ジョンボンジョビ!」という答えが返ってきた。壮大な夢であるが、夢は大きければ大きいほどいいので、是非とも応援したい。

トーク力も抜群のきいやま商店。子どもの頃から一緒に育ってきたフィーリングが、トークにもライブにもうまく出ていて、チームワークの良さを実感させられた。

本当に好きなことは諦めない。続ける事で自信に

これからも石垣を拠点に、音楽を発信し続けていきたいと話すきいやま商店。「東京に19年住んでいましたが、やっぱり石垣が一番です。石垣は気持ちが休まるし、今の状態はちょうどバランスがいいと思う」とだいちゃん。BEGINの背中を追いかけて、音楽をめざしたメンバーたちの少年時代。今度は少年たちに憧れられる存在となった。しかし、ここまでの道のりは決して楽しいことばかりではない。アルバイトをしながら生活を切り詰め音楽を続けたリョーサ。大好きな音楽を続けていたが、結婚を機に生活のため島に戻っただいちゃん。そして、ツアーバンドとして安定はしていたが、大きな夢は見られなくなっていたマスト。それぞれの「最後のチャンスに、きいやま商店にかける!」という熱い想いが集結し、現在の人気を生み出した。「本当に自分が好きなことをやり続けることが大切だと思います。やめるのは簡単ですが、つらくても続けていれば自信はつきます。いつか続けていて良かったと思う日がくることを信じて頑張ってほしいです」と話す3人。彼らの活躍は、「継続は力なり」という言葉の意味を再認識させ、本気になればいつからだって遅くはないということを教えてくれている。

夢インタビュー きいやま商店

Profile

Vo&Gt リョーサ
崎枝家の長男の長男。
八重山モンキーのVoも務める。

Vo&Gt だいちゃん
崎枝家の次男の長男。
BEE!BANG!BOO!のVoも務める。

Vo&Gt マスト
崎枝家の長男の次男。
ノーズウォーターズのVoも務める。

きいやま商店(Kiiyama Syouten)
石垣島出身の従兄弟・兄弟で結成されたエンタメユニット。
ユニット名は3人のばあちゃんが石垣島で営むお店の名前から命名。
2011年7月から3ヵ月に亘り実施した沖縄本島合宿が話題となり、メディアやマスコミからも注目を浴び、只今人気急上昇!
沖縄を中心に全国を飛び回り精力的にライブをこなす傍ら、これまでにアルバム3枚を全国リリース。
3人のパワー溢れるステージパフォーマンスと爆笑トークは必見!!
また新石垣空港開港PRプロジェクトでは、同じく石垣島出身のBEGINとコラボしPRソング「おかえり南(ぱい)ぬ島」を発表。
今、全国から視線が集まる注目度No.1のユニットである。

Catch the Dream 2013.11

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