まだまだ技術の世界は男性社会。少しでも多くの女性を輩出できるよう、頑張っていきたい!

沖縄職業能力開発大学校

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「バレンタインは大変だったけど、ホワイトデーはウハウハでした」と男子が多い環境の中、肩身の狭い思いをせず、それを楽しみに変えることができました。

パソコン関係の仕事をしていた両親の影響もあり、幼い頃からパソコンが身近にあった宮里さん。今後、IT業界の成長の可能性を感じ沖縄職業能力開発大学校への進学を決めた。普通高校出身だったため、入学当初は専門知識も無く、まったくのゼロからのスタート。女子学生が少なく、男子学生が多い環境でやっていけるのかと、不安要素はたくさんあった。それでも頑張れたのは、女性の中野先生のおかげだった。通常2年間の専門課程の後、応用課程の2年間では先生が変わる。しかし、宮里さんが応用課程に進むと同時に、中野先生も応用課程に異動。引き続き担当して頂けることになった。何でも相談でき、親身になって指導して頂いた4年間。「本当に感謝しています」と目を潤ませる宮里さん。就職先の業務は、学生等に対して技術を指導していくテクノインストラクター。動機となった理由も、中野先生の影響が強い。「不安な時はどんなことも話を聞いてくれて、安心させてくれた。私もそのように女性技術者をサポートをしていきたい」と意気込んでいる。沖縄能開大には親身になって指導してくれる先生ばかりで生徒と先生の距離感も近い。資料だけで進学先を決めるのでは無く、そういった学校の雰囲気などもしっかり感じ取って自分にあった学校を選んで欲しいとアドバイスをくれた。

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実習で作成した回路。ドライバ回路や制御プログラムを自分で設計して作ったサーボ回路の課題。このような授業の知識を生かし、現在は工場の鉄粉を除去するロボットの開発を行っている。

宮里 美穂
Miho Miyazato
1998年生まれ。普天間高校卒業。沖縄職業能力開発大学校 応用課程 生産電子情報システム技術科2年。
明るく元気な宮里さん。男子が多いクラスでも持ち前の明るさで楽しく学ぶことができました。

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